③-3 労務トラブルの解決ポイントは?その予防方法は?社労士が解説します

【経営者・人事労務責任者向け】

労務トラブルとは?

企業にとって人材・ヒトはなくてはならない存在であり、組織は人の集合体で成り立っていると言えます。企業はその人の集合体である以上、人間関係は常に付きまとう問題です。また、企業とヒト=従業員の関係もさまざまな問題が付きまといます。本来であれば、このような関係を円滑に保つためにコントロールする必要がありますが、なかなかうまくいかずにトラブルに至るケースもあるのが現状です。

労務トラブルとは、労務リスクが現実化し訴訟に発展する、または不祥事として表面化するといった「ヒト」が関連する問題を言います。

 

 

具体的な労務トラブルケース


労務トラブル 1.労働時間・休暇に関するケース

労働時間や休暇に関しては、給与・従業員の健康が日常生活に影響を与える要素です。

労働時間については、長時間労働が従業員の健康に悪影響を与え、最悪過労死に至ることも出ています。また残業手当を払わずサービス残業をさせていれば、それは法令違反となります。有給休暇についても休暇を取る権利は従業員にあります。しかし、上司が休暇を認めないことも現実問題として起こっています。これも法令違反です。

労務トラブル 2.待遇(解雇・退職・降格・配置転換)に関するケース

従業員の待遇は、生活に直結しているので多くの声が届いています。

① 解雇・退職
会社を辞めさせれば、生活の糧を失うことになります。解雇することは従業員から会社への不満を招くことになります。
② 降格
従業員が職場秩序を乱したり、会社に損害を与えたりした場合は、降格処分も考えられます。その場合出世が見込めなくなり、給与ダウンもあり得るので、処分内容に関する相談も多いでしょう。
③ 配置転換
転勤は生活環境が変わり、従業員本人だけではなく家族にも影響します。家族の職場や学校にも影響することから、従業員の個人的事情への配慮も必要でしょう。

労務トラブル 3.労働災害・労災保険に関するケース

仕事中にケガをした場合、または長時間労働が原因で過労死したり精神疾患になったりした場合は、労災保険の対象になる場合があります。
ただ会社側が原因になったことを認めたくない場合、従業員は思い通りに話が進まないと思い込み、労基署などに相談してしまう場合があるので、双方の理解が必要です。

労務トラブル 4.ハラスメントや職場の秩序に対するケース

職場での嫌がらせやハラスメントは、従業員にストレスを与えてしまうため、そのことで従業員の精神疾患や退職につながるケースがあります。最悪自殺に発展するケースもあるので、慎重に対応する必要があります。

労務トラブル 5.メンタルヘルスに関するケース

メンタルヘルスに関しては、従業員からの相談体制を整えないといけない状況になっています。ストレスチェックなどを通じて従業員のケアが必要です。

 

 

 

労務トラブルが増加傾向

労務リスクが上記のようなトラブルケースとして現実化し訴訟に発展する、または不祥事として表面化するケースが近年、増加傾向にあります。

その背景は、バブル崩壊後長期間に及ぶ低成長時代の影響から増えなくなった賃金や、サービス残業が横行するような長時間労働、働き方の多様化などが要因として挙げられます。
また、就業規則と職場で起こっている現実との間に大きな乖離が生じているケースも多く、この乖離が大きくなるほど労務トラブルが起こりやすいでしょう。

こうした労務トラブルの発生は解決するために企業に大きな損失をもたらします。
① 訴訟などに発展した場合の専門家費用、従業員のコスト・心理的負荷・業務への影響
② 職場の雰囲気悪化によるモチベーション低下
③ 企業イメージの悪化・風評被害・営業活動などへの影響

トラブル解決のための目に見えるコストも大きな損失ですが、何よりも一度落ちた信用は簡単に回復できるわけではなく、またモチベーション低下による生産性への影響と相まって、企業へのダメージは計り知れません。

◆ 個別労働紛争解決制度の施行状況(令和元年度)

 

【令和元年度のポイント】

1.総合労働相談件数、助言・指導申出の件数は前年度より増加。あっせん申請の件数は前年度並み。総合労働相談件数は118万8,340件で、12年連続で100万件を超え、高止まり。
2.民事上の個別労働紛争の相談件数、助言・指導の申出件数、あっせんの申請件数の全てで、「いじめ・嫌がらせ」が引き続きトップ
・ 民事上の個別労働紛争の相談件数では、87,570件(同5.8%増)で8年連続トップ。
・ 助言・指導の申出では、2,592件(同0.3%減)で7年連続トップ。
・ あっせんの申請では、1,837件(同1.6%増)で6年連続トップ。

具体的に労働局長による助言、指導が行われた案件として、次のような事例があります。

 

労務トラブル・事例1 いじめ・嫌がらせに係る助言・指導

<事案の概要>
申出人は正社員として勤務していたが、上司が同僚等に対し、「バカ」・「アホ」などの侮辱的な発言を日常的に行っているため、責任者である所長に相談の上、対応を求めたところ、調査や指導が適切に行われず、改善していない状況だった。
申出人は、今後とも働き続けたいと考えていたため、職場環境の改善を求めたいとして、助言・指導を申し出たもの。

<助言・指導の内容・結果>
○ いじめ・嫌がらせに係る事案を放置した場合に労働契約法に基づく労働者の安全配慮義務に違反するおそれがあることから、早急に実態を把握の上、必要に応じ対策を講じる必要がある旨を助言した。
○ 助言に基づき、全労働者に対する面接等の詳細な実態調査を実施した結果、申出人が申し出た事実を確認したことから、会社として当該上司の言動がいじめ・嫌がらせに該当すると判断し、同人に対する指導等を行うとともに、会社として再発防止を図るため、全労働者に対する研修を実施した結果、職場環境が改善された。

労務トラブル・事例2 労働条件の引下げに係る助言・指導

<事案の概要>
申出人は、正社員として数十年勤務していたところ、事業主から特段の理由なく、基本給の減額及び諸手当の廃止を提案されたが、納得できなかったため、これを拒んだ結果、申出人の合意なく、賃金を一方的に減額させられた。
申出人は、事業主から賃金の減額についての明確な説明がなされないことや今後の生活のためにも従来どおりの労働条件で働き続けたいとして助言・指導を申し出たもの。

<助言・指導の内容・結果>
○ 事業主に対し、賃金の引下げについては、労働者の合意なく一方的に変更することは労働契約法第8条に抵触する可能性がある旨を説明し、申出人とよく話合うよう助言した。
○ 助言に基づき、紛争当事者間で話合いが行われ、労働条件の引下げは撤回され、従来どおりの労働条件で働くこととなった。

労務トラブル・事例3 いじめ・嫌がらせに係るあっせん

<事案の概要>
申請人は、契約社員として勤務していたが、店長から、暴言を吐かれたり容姿を侮辱されるなどの嫌がらせを受けていたことが原因で不眠症等を発症した。
申請人は、職場環境の改善を要求すべく、本社担当者(人事課長)に店長の言動を改めるよう求めたが、一向に改善されなかったことから、退職せざるを得なくなったため、会社が改善策を講じなかったことなどによる精神的苦痛に対し、45万円の慰謝料を求めたいとして、あっせんを申請したもの。

<助言・指導の内容・結果>
○ あっせん委員が被申請人の主張を確認したところ、被申請人は社内調査の結果、申請人に対する店長の行為がいじめ・嫌がらせに該当すると認めたが、申請人が本社担当者に相談した際に金銭的な要求を行っていないことや店長を配置転換したことを理由に、慰謝料の支払いを拒否した。
○ これを受けて、あっせん委員が迅速な解決に向け双方譲歩可能な解決策を調整した結果、慰謝料として35万円を支払うことで合意した。

 

 

企業にとって、金銭負担も生じ、場合によっては高額になるケースも出てきている。

●相談内容のポイント
自己都合退職(11.7%)、解雇(10.1%)、退職勧奨(6.6%)、雇止め(3.8%)、出向・配置転換(3.0%)と、雇用関係の相談を合わせると相談件数の40%近くを占めることになります。そのほかには、いじめ・嫌がらせ(25.5%)、労働条件の引き下げ(8.5%)などになります。


労務トラブルの解決ポイント

 

労働者からの退職や企業からの解雇など、雇用関係の終了には様々な形がありますが、労使双方が合意した結果ではない場合にトラブルに陥る傾向があります。また、退職という結果には合意していた場合でも、退職手続きや退職金などでトラブルにもなります。

ではなぜこういった労務トラブルが発生してしまうのでしょうか?

就業規則と職場で起こっている現実との間に大きな乖離が生じているケースだったり、そもそも就業規則自体が従業員の間で周知されていないことで、認識のギャップが大きくなり労務トラブルが起こりやすいのではないでしょうか。労働基準法にも就業規則の周知の必要性が言われています。従業員としては業務に忙殺されて、いちいち就業規則を読むことはまずないでしょう。企業としては就業規則の対応をきちっとしていても、従業員とのギャップがここで生じてしまいます。このギャップを埋めるべく、就業規則の中身を従業員に理解してもらうことから取り組む必要があるでしょう。

また、社内の「いじめ・嫌がらせ」などデリケートな問題についても、労働者が訴えられることが出来るようにするためには、中立で秘密保持力の高い制度設計が求められます。
当然のことながら、上司や人事部に直接相談を持ちかけることは難しく、企業とは独立、もしくはそれに近い形で相談窓口を設置することは有効な手段です。

労務トラブルにつながるリスクは、未然に防止するのが重要ですが、さまざまな対策を取ったとしても起こり得る可能性は否定できません。実際に労務トラブルが発生した場合は、当事者に対する事実関係の把握を迅速に行い、事態を悪化させないうちに解決することです。
そしてトラブルに関連して処分を決定する際は、社内に納得感のある厳正なものとすべきです。場合によっては、第三者機関かそれに近い機関とも連携できる体制を構築しておくのが望ましいでしょう。


別なルートからの労務トラブル

◆ 労働時間・休暇に関するケース
◆ 待遇(解雇・退職・降格・配置転換)に関するケース
① 解雇・退職
② 降格
③ 配置転換
◆ 労働災害・労災保険に関するケース
◆ ハラスメントや職場の秩序に対するケース
◆ メンタルヘルスに関するケース
上記で記載した具体的なトラブルケースと内容は一緒です。

このような内容について従業員の溜まった不満が爆発した場合に起こり得る事態になります。下記の3パターンのルートで会社に対していきなり表面化するものです。

☑ 労働基準監督署の調査

可能性が高いのが在籍中の従業員(家族・知人)が労働基準監督署へ通報したケースではないでしょうか。通報内容は、サービス残業で残業手当が貰えなかったことやそもそも長時間労働に耐えられないことなどが想定されます。

このような形で通報されると労働基準監督署からの調査がまず実施されるでしょう。労働基準監督官という監督署からのスタッフが来社し、専門家の厳しいチェックが行われます。万が一法律に違反していたら、是正勧告と呼ばれる行政指導がなされます。このため、労働基準監督署は会社にとって非常に怖い存在になります。
この調査では書類等のチェックも大事ですが、労働基準監督官との会話のやりとり・対応も重要で、会話でのやりとりの中で管理体制に懸念があると感じとられると厳しい追及を受けることになります。そして調査の結果、指摘事項については、是正や改善を実施した上で報告義務が生じます。経営者・人事労務責任者・担当スタッフの心理的負荷・業務への影響も当然のことながら大きく尾を引くものになります。

労働基準監督署の調査対応        ☚ 説明あり

☑ 弁護士等からの書類

このケースでの高い可能性は退職した社員になります。ある日突然、弁護士等の事務所より会社宛に内容証明郵便で書類などが送られてきます。会社に対して何らかの補償を求める内容が多いのではないでしょうか。そのことを弁護士等の専門家を経由して行ってくるのです。

このケースでは、先方の弁護士等と交渉して和解するか、裁判で争うかの選択肢になりそうです。それにかかるコスト、経営者・人事労務責任者・担当スタッフの心理的負荷・業務への影響も当然のことながら大きく尾を引くものになります。

☑ 労働組合との団体交渉

自社の労働組合であれば、お互い状況を理解しているので、現実的な落としどころで決着を見ることが出来るでしょう。ただし、労力を要することと時間がかかる点は無視できません。

ただし、外部の労働組合はそのようなわけにはいきません。団体交渉の要求があれば、誠実に対応しなければいけない義務を負っているからです。そのときは、厳しい要求を突き付けてくるでしょう。団体交渉の要求がまとまらなければ、裁判ということになるかもしれません。